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●無農薬杜仲茶の始まりは日本
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健康生活情報
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このページでは意外と知られていない杜仲茶に関する情報を取り上げています。(株)ネービック富士オフィシャルサイトの許可を得て情報を掲載しております。
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杜仲という木の名前はどうしてつけられたのでしょうか? 古来、いろいろな説がありますが、ここではその中の一つをご紹介しましょう。
中国の民の時代の医師で薬物学者の李時珍が、その著『本草網目』のなかで言っていることです。 昔、ある人が木の皮を砕き煎じたものを毎日のように飲んでいました。すると心身ともに活力がみなぎってきて、やがて仙道を悟るようになりました。 仙人となってからは霞を食べ、その秘薬を口にしては美女をはべらせ、空を自由に飛んで、生き長らえたと言うことです。
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その仙人は名前を杜仲と言いました。その名をとって、毎日口にしていた秘薬はやがて杜仲といわれるようになったということです。 真意のほどは別にしても、杜仲に対する賞賛がしのばれてくるような逸話です。
中国で最も古い本草書(薬物の本)である『神農本草経』には、「上品」という部類に杜仲は記載されています。
『神農本草経』とは、神農の世(紀元前300年代)から伝わる薬学の辞典で編集されたのは後漢(西暦100年代)の時代からですから、1800年以上も前の辞典ということになります。
神農とは、中国古代伝説上の三天子(伏義、神農、黄帝)のひとりで、人身牛首の姿をし、人々に農耕を教え、百草をなめて医薬として使えるか否か、を決めたと言われています。 また、本草とは、紀元前の前漢の時代から始まった不老長寿の学問です。 現代では保健薬ともいえるもので『神農本草経』には、120種類が収録されています。今日、われわれが常用している漢方薬材料の草木のほとんどが、神農の時代に見つけられたものですが、それらは昔の中国人の経験から得られたものだったのでしょう。『神農本草経』は、不老長寿を求める願いが、病気を治す薬学へと発展して集大成されたもので、その内容の多くは、現代でも充分通用するものです。
杜仲は2000年以上前から登場し、その後明時代(1600年代)の名医、李時珍の『本草網目』元英と言う人の著作『談藪』や清時代の1773年に出版された『本草求真』など多くの医学書に収録されています。 もちろん現代中国でも漢方の伝統は脈々と受け継がれていますから、中国の漢方方(主要な医薬品の品質、純度等を定めた法令)にあたる『中華人民共和国薬典』にも杜仲が紹介されております。
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■平安貴族のお供として
杜仲がわが国に渡来したのは、奈良時代以後、平安時代にかけてと考えられていますが、この頃はもっぱら貴族たちにもてはやされていたようです。 ロマンスに明け暮れていた王朝貴族には頼もしい味方だったのでしょう。 杜仲は採取方法が難しく高価なものだったので、手に入れられたのは貴人たちだけで、杜仲の他に畑で栽培できる「人参」なども広く用いられましたが、やはり貴重で高価なものだったため、江戸時代などでもよほどの金持ちでないと買うことができず、一般の庶民にはなかなか手の届かないものだったとされています。
■桑の代替として
昭和50年代、長野県伊那の農家の人たちが、絹産業が化学繊維の台頭で集落し養蚕がだめになり、抜根されて荒れ放題だった桑畑の代替として何か良い薬草はないかと模索しておりました。 そのとき韓国から持ち帰っていた杜仲の種子を植える試みをしたのです。
杜仲は中国が原産地ですが、もちろん日本でも栽培することができます。
ところがここでちょっとした問題が出てきました。 じつは杜仲が成育するまでにはかなりの歳月がかかります。 そして一度樹皮を収穫すると、再生までに6〜7年は元に戻らず、さらに時間がかかることになり、間尺に合いません。 その上、漢方薬としても日本ではそれほど需要があるとは思えませんし、樹皮は医薬品の範疇に入るので、一般人が勝手に売るわけには行きません。 生計にかかわることだけに、農家の人も必死です。
そこで思いついたのが、葉をお茶にすることでした。 杜仲の葉は苗を植えて2年程で採取でき、その後も毎年取ることができます。 経済効率から言っても、樹皮の比ではありません。 ただし、漢方では杜仲の樹皮しか使用しません。 中国では本草書にも葉を用いた例は載っていません。 不思議なことに中国ではこの葉についての研究がまったくといっていいほどされていませんでした。 これは中国の漢方医の間で長い間、「杜仲の樹皮にのみ薬効あり」と信じられ、わが国の漢方医もそれを受け継いだことによるのでしょう。
杜仲をお茶にして広める為には、樹皮と葉の成分や薬効の相違を研究し、葉にも樹皮と同等かあるいはその他の効能があるかどうか調べる必要がありました。 そこで薬学博士であられ現在は富山医科薬科大学の名誉教授になられている難波教授に研究を依頼し、動物実験で本格的に調べることとなったのです。
そしてその素晴らしい杜仲葉茶を世に広めたいと言うことになり、株式会社 ネービック冨士のほうで製品として改良し販売しだしたのが、昭和60年代初期でありました。 これが杜仲葉茶の始まりです。
杜仲茶は日本人のアイデアで発案されたものだったのです。 いまでは中国はもとより、東南アジア、アメリカなどで広く販売され、皆さんの健康のお供をさせて頂いております。
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情報提供元(株)ネービック富士オフィシャルサイト |